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2017.05.31

問題設定のホーリズム

(注:タイトルは下記の内容をうまく表していません)
以前の記事で提示した「卒論ルーブリック」では、
問題設定のよしあしについて次のような段階設定をした。

先行研究を十分調べられていないため問いが適切ではない
先行研究は十分調べられているものの問いが適切に設定できていない
先行研究が十分調べられており、問いの設定も適切である

このルーブリックでは、問題設定が適切にできているかどうかは
当該分野の知識が十分あるかどうかにかかっている、という前提に基づいている。
もちろん、十分な知識があっても問いが適切ではないケースもあるだろうし
逆に、まぐれ当たり的に、ほとんど知識がないにもかかわらず、
よい問題設定になっているケースもなくはないだろう。
これらのことは、最終的には個別の指導が必要となってくるというだけであって、
一つの基準に多くを求めすぎるのはよくない。

やはり、よい問い、というのは、いろいろなことを知ってはじめて生まれてくるのではないか、
というのは研究者にとっては非常に受け入れやすいことではないだろうか。
しかしながら、レポート課題の話となると、
この「問題設定」がその他の知識から独立した能力であると考えられがちである。
(戸田山先生の提案している「ビリヤード法」というのは、
問題設定を背景知識から独立に扱うための工夫としてわりと成功しているとは思う)

さて、先ほど提示したルーブリックがうまく機能すると仮定すると次のようなことが言える。
上記のルーブリックでは「問いの設定」が最終的には
評価したい項目(よって身につけてもらいたい項目)であるにもかかわらず、
それとは別の「先行研究を調べられているかどうか」という項目が目標として提示されている。
そのことは、指導においても、「先行研究を調べられているかどうか」ということが
重要な点であるとされることを意味する。
これは、学生が何をどう努力すればよいかを明確にするための工夫である。
「問いをもっとよくしなさい」という指導よりも
「先行研究ももっとたくさん調べなさい」という指導のほうが、
学生にとっては学びの指針となりやすいだろうということからである。

さて、こうしたことがうまくいくのであれば、
このこと(Aを身につけるためにBをする)は他の多くのことにも応用可能であろう。
たとえば、レポート課題で身につけるべきスキルとして「論証」というものがある。
この論証は非常に複雑で、学生には理解しにくいのではないか、
ということは『学生を思考にいざなうレポート課題』の中でも書いた。
とはいえ、論証できるようになることは教育目標としてやはり重要であろう。
そうであるなら、問題設定の場合と同様に、論証を身につけるために、
目先の目標として論証とは別の明確な目標を設定できないだろうか。
学生にとって努力すべき方向性が明確で、かつ、
その方向性に進んでいけば自ずと論証を行なっているようなものというのはないだろうか。

ここでもやはり課題の真正性というのは重要になってくると思う。
学生が目的を理解し、あるいは、目的にコミットしているような課題の場合は、
自ずと論証というのが構築されやすい環境になっているように思われる。
そうした課題設定を、通常の専門分野の授業の中で
どう構築するかについて今後も検討していこうと思う。

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